友人による式辞

新郎へ

「同僚のスピーチ」

本日は、おめでとうございます。ご結婚の決まったときもおめでとうを申しあげたのでありますが、本日のおめでとうは誠に複雑なおめでとうであります。

 新郎はわたしの同僚であります。慶彦君はいつもほめられる同僚であり、僕はいつもしくじる同僚であります。そして長い間聞かされてきた被害甚大な同僚であります。しかし一方で独身の幸福から迷い出ようとしている慶彦君に同情した同僚であります。いつもいつも歩美さんのお名前を聞かされたのですが、正倉院の御宝同様、今日まで一度もお目にかかれませんでした。しかし、いつもいつも聞かされていましたので、正倉院の御宝同様、歩美さんとはもう長いご交際のような錯覚を持っていました。しかし、なお一方では、まだ迷える彼への同情と優越感をもっていたのです。しかし、今日差しく聡明な歩美さんを拝見して、この優越感もぺしゃんこになりました。僕はやっぱり、しくじりの同僚であったことを告白いたします。

 本日は新郎、新婦にとって歴史的な日であり、最上の日であります。そして私にとってはがく然として不明であったことを痛恨する日となりました。この宴で、はじめて歩美さんにお会いして、美しい女性が歩美さんで、歩美さんが聡明な女性であること、慶彦君のことばが真実であったことをさとりました。

 彼は仕事においても常にそうですが、人生においてもその基本の道を誤らないのであります。彼は熟慮、果断決行の大物であります。ただ今僕は羨望と後悔の中に沈んでいるのであります。しかし、なお、男々(おお)しくもおめでとう、「まいりました」と申しあげます。その上に「歩美がね」という痛みを覚える言葉を聞かねばならぬ日が来るのを覚悟せねばなりません。

 彼は、「まあ、あせるな」と慰めてくれることでしょう。しかし、僕は「彼女いない歴○○年の独り者」であります。みなさん、独り者であります、どうぞよろしくお願いします。僕はやっぱりお二人が「歩美」「あなた」といって新婚旅行から帰られる日を千秋の思いで待つことにします。ご幸福に!


ご指名により須藤君の同僚としてひと言お祝いを述べさせていただきます。

私と須藤君は同年入杜の同僚でありまして、入社と同時に同じ同志を糾合いたしまして独身クラブを結成いたしました。その発起人が、この須藤君なのです。それがまっ先にクラブを脱退するのですから、全く皮肉なものであります。あとに残ったわれわれは、いっそう結束を固めて、初志の貫徹にはげむという、まことに悲壮な決心でございますが、これはあんまり、見上げた決意ではございません。

 独身クラブなどというものは一日も早く解消した方がよろしいのであります。その解消にはご来会の皆様方のお力添えをお願いいたしたいと存じますが、いや、どうもこれはとんだ脱線をいたしました。本筋にもどりましよう。

 須藤君と私は、まことに肝胆相照す仲でございまして、お互いに多くを語らないでもお互いにやっていること、言わんとすることが、よくわかるといった仲良しでございます。仕事の上でも、しばしば協力するところがございまして、いつでしたか、ある調査報告を協同で作成したことがございましたが、そのとき、ちょっとしたミスがございまして、須藤君は課長からひどく油をしぼられていたことがございます。あとでよくみますと、その部分は私の担当だったところです。須藤君とはこんな人で、人の誤りまでひっかぶる友達がい、人情の深さにはほとほと頭が下がりました。

 管飽のまじわり、という中国の友情を意味する故事がございますが、その管仲(かんちゅう)と鮑叔(ほうしゅく)のように、いつも共

同の仕事でわけ前をだまって多く取る管仲に当るのが私で、須藤君はそれを見て見ぬふりをして黙認する鮑叔の立場であります。こんな須藤君ですから、きっと奥さんを大事にし、円満で幸福な家庭を築いてくれるにちがいありません。その前途のご多幸を、心からお祝いする次第でございます。


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