□ 農協理事長を悼む

文芸家 打 木 村 治
古い、誤ったすべての遺産から脱皮すべく、私たちの日本は不屈の努力をつづけてまいりました。何度となく失敗も繰りかえしました。いかにその達成の至難なるかを実感し、時には絶望の淵にたたずんだこともありました。しかし時の流れは私たちのあせりなどには無関係に、さまざまのできごとをはらんだまま過ぎ
ていきました。そしていつのまにか、勿論、これで満足すべきではないとはいえ、私たちの努力がむなしくなかったということの現われが見えてまいりました。
かく苦難多しとはいえ、希望に溢れている日本の将来を考えますと、私たちの農業協同組合の演ずる役割の重要性がひしひしと胸にこたえてくるのでございます。この大切な、もっとも意義深い時代に直面して、高邁なる人格と鋭敏なる時代感覚をもって、さまざまな難事を克服し、私たちの協同組合を導いてきてくださった幸田和吉氏を失ったことは、本当に残念なことでございます。私たちにとっての損失は勿論のこと、大きく考えれば、狭い国土に過剰な人口をもつ農本国日本の活動にも影響してくることではないかと思います。氏の、事に処しての実力は無論その豊かなる御経験と天稟の冴えのしからしめたものではありましょうが、また若い人々にも劣らぬ情熱と誠実と、そして飽くなき奉仕の精神にあずかって大なるものがあった、と私は思うのでございます。
幸田氏の訃報に接しまして、組合員一同、暗然たるもののあったのは勿論でございます。しかしさきにも申しましたように、時は私たちに関係なく冷厳な歩みをつづけていくのです。世界は日進月歩の一途をたどります。日本も遅れてはならじと前進の努力を重ねねばなりません。私たちの仕事も、新しい日本の発展のためには、ますます実をかさね正しく伸びていかねばならないのです。こう考えてまいりますと、幸田氏のご逝去に対しては、いたずらになげき悲しみ、ただ手をつかねて氏の追憶にふけっているだけでは、かえって氏の生前の本意とするところにそむく結果になってしまうのではないでしょうか。氏は個人的にはゆとりもあり、磊落な反面、公人としては絶えず協同組合の発展と私たちすべての、ひいては社会全般にわたっての福祉をきびしく考えておられました。今、幸田氏のご逝去を心からいたむと同時に、氏亡きあとの協同組合の運営にかたく期するところがなくてはなりません。各種の障害がでてくるようなこともしばしばでありましょう。何かと不都合も生じてまいりましょう。
しかし、私たちは次の組合長の、幸田氏に劣らぬ才幹と人格を中心として、今後の発展に全身全霊をあげて邁進すべきであります。私たちの組合の歩みがより強靭であり健全であるならば、そして多難なる母国日本の進歩に少しでも寄与するところがありますならば、地下にあって幸田氏も喜んでくださるものと信じます。氏のご逝去が私たちに大いなる悲しみを与えたことは事実でありますが、それにも増してより大きな鞭撻を与えてくださった結果になるように、私たちは努力しなければなりません。
ここに私は日進農業協同組合長幸田和吉氏のご逝去を深く悲しむと同時に、氏の御遺志が私たちの悲嘆の中に埋もれ果てることなく、より大きな希望のなかに躍動しつづけ得るよう努力することを誓って弔辞といたします。


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