1 新入社員入社式の社長のあいさつ
「三つの心がけを忘れずに」
元凸版印刷社長 山田三郎太諸君、ご入社おめでとう。心からお祝い申します。多数の志望者の中からきびしい就職
の関門をみごと突破され、本日ここに集まられた諸君に私たちは大いに期待し、全社あげ
て歓迎いたします。
学生生活から社会人の生活にかわることは、精神的にも肉体的にもーつの大きな変革で
あります。ただ漫然と毎日を送っていくという生活態度ではとても成功は得られません。
一貫した強い精神的支柱とでも申すべき平素の心がけが大切であります。私は、自分の体
験をお話しすることによって、この「心がけ」というものにふれてみたいと存じます。
私は、ずっと昔、東京大学を卒業し当社に入社してすでに三十有余年になります。当時
の総長は亡くなられた古在由直博士という白髪の老人でした。三月の卒業を間近に控えた
ある朝、本郷西片町の通りを歩いて大学へ向っていたら、ちょうど古在総長の大学に行か
れるところに出会いました。私は、古在さんとわかったのでていねいにおじぎをしまし
た。総長から在学中のことをいろいろとおたずねがあり、その後で、「君はこれから社会
に出て、どこで働くようになろうとも、次の三つのことは忘れないように心がけて、毎
日働くようにしたまえ。そうすれば、決して失敗することはないだろう」
といって、次のようなことをおっしゃいました。
「まず第一番は、会社なり、役所に入ったばあい、毎日、毎日、今日から入社したんだと
いう気持ちでいること。そうすると、いつも緊張してまじめに仕事にうちこめる。人間は
同じ所に長くいるとだんだんなれてきて、変に要領ばかりよくなっていく、それをいつも
新鮮な気持ちで働くように心がけることだ。
第二番は、一切不平をいわないことだ。とかく仕事になれてくると、こんなによく働い
ているのに給料が少ないとか、昇進しないとか、また上司がよく面倒をみてくれないと
か、不平をいいたがる。これは本人の慢心というものだ。不平をいう前に、どこがまだ自
分にとって不完全であるかということについて反省することである。
第三番目に注意すべきことは「陰ひなた」をしないこと。上の人や同僚がよくみている
からよく働く、だれもみていないからなまける。という気持ち、これが一番いけない。だ
れがいようが、いまいが、いつもニコニコとよく働くということを続けることが大切であ
る。よく役所や会社にゆくと、課長が不在の時分など、役人や社員などが、足を机の上に
上げて新聞を読んだりしているのを見かけることがある。しかし、ドアを押して上司が
入ってくると、急に姿勢がよくなって、いかにも働いているように見せかける情景、あれ
はそばから見ていても寂しい気もちがするものだ。この三つのことは、いつも忘れないよ
うに心がけながら働く習慣をつけることが必要だと思う。そしてこれさえ守って働いてい
れば、きっと周囲の人たちは、君の真実性を見ぬいて、だんだん重要な仕事を与えるよう
になるだろう」というようなお話を伺いました。
私はその時「こんなことは、どこの小僧さんでもいつもいわれていることで、たいして
新しいことでもないわい」と感銘することもなく、耳に入れていたていどでした。さて当
社員になったとき、この言葉を思い出して実行しょうと心がけてみましたが、一つ一つな
かなか難しいことです。かんたんにやれそうなことで容易でないことがわかりました。そ
れでも絶えずこの三つのことを守って働いているかどうか、厳しく反省してみることがた
びたびでした。そして半分でも三分の一でも、これが実行できたらと、毎日、毎日を仕事
の中に送ってきました。私は過去をふりかえって、「なまけている」とか「不平が多い
男」とか「緊張さが欠けている」という小言を一度もうけたことがありません。さしたる
能力もなかった私が、今日、社長になり得たのも、この時の古在総長の教訓によって開眼
したことによるのではないかと、いつもありがたく感謝しています。
諸君もこれから、日常きっといろいろの煩悶や不平などが心の底に湧いてくることが多
いでしょう。そういう時、ぜひこの三つの教訓を心によみがえらせて下さい。そうする
と、今の自分の働き方が十分この教訓にかなっているかどうか、おわかりになるでしょ
う。そしてもし不足のところが気づかれたらお直し下さい。そうすると、気分も一新さ
れ、清々しい晴れ晴れした気もちになって、勇気が一段と湧いてくるでしょう。そういう
毎日を送るように心がけていかれれば、きっと、諸君の前途は明るく光り輝き、立派な大
成された人となれるでしょう。
どうか体に十分気をつけて、若々しく元気に、今から始める仕事に精一杯励んで下さ
い。私はあなた方が一人残らず立派な社員になられ、やがて会社の中核になるよう祈って
やみません。
■古在由直 大正九年から昭和三年まで東京帝国大学(今日の東京大学)の総長。農学博
士。総長時代の業績として最も注目されるのは足尾銅山の鉱毒問題について、渡良瀬川流
域の農地を最初に調査し、政府、地元の圧迫を受けながら、私費と学生の奉仕活動によっ
て、鉱毒の実態を科学的に証明した。