3 新入社員を迎えて職場の幹部のあいさつ
「人を支配することを学べ」 〜担当重役のあいさつ〜
皆さんのご入社を、心からお祝い申します。
多数の志望者の中から、激しい競争の入社試験に打ち勝って、本日ここに集まられた皆
さんに、私は大いに期待するものでございます。
皆さんは学校で、社会人としての基礎教養のほかに各種の専門教育を受けられたことと
思います。その学校で身についた学問や技術を、わが社の仕事の上に、大いに活用してい
ただきたい。しかし、皆さんの学問や技術は、企業へあてはめて役立てるための部品とし
て修得したものではありません。ですから、部品を機械へ取りつけるように、機械的に入
社のその日から役に立つというものではありません。
そこで皆さんは、各現場へ配属されて、はじめはごくつまらない仕事をあてがわれるこ
とと思います。あるいは、それは高校を出た年少工でもつとまりそうな単純な作業である
かもしれません。「何だ、バカバカしい。こんな仕事をしに、大学を出てむつかしい入社
試験を受けて就職したのか」と皆さんは懐疑と不信に顔をくもらせることもあるでしょ
う。
しかしその単純な、一見バカバカしく見えるような仕事を不平もなくすすめているうち
に、社の伝統というものがわかり、仕事の本質がのみこめてくるのです。そうなってはじ
めて、各自の仕事に対する個性が開発されて、独創が生まれてくるのです。かくて、その
独創性にふさわしい、配置転換が行なわれて、ほんとうに仕事ができるようになり、それ
が自分自身に生きがいを与えるとともに、社運を大いにおこすことにもなるのでありま
す。
ソロンの言葉に「人に服従してみることによって、いかにして、人を支配するかを、学
びとらなければならない」というのがあります。
皆さん、この言葉をよく味わっていただきたい。いま私が述べてまいりましたことは、
この一言に裏書きされているといってもよろしい。服従といえば、とかく封建的な権力支
配を連想しがちですが、それは社会制度上のことで、思想としての服従は、無に通じま
す。一切が「無」となってはじめて「有」という創造が生まれる、その「有」とは服従を
経て生ずる支配でもあります。つまり服従なくして真の支配、つまり創造は生じ得ない。
皆さんは入社の第一日から、仕事に対してまずよき
服従者であってほしい。服従の無に徹してこそ、はじめて個性の独創の発生することを、
ご認識願いたい。そして皆さんの手によって、社の伝統は受け継がれ、さらに新しい伝統
の創造を、次代に残してほしい。
以上新入社の皆さんを迎えるにあたってひとこと所感をのべ、今後のご活躍に多大の期
待を寄せるものでございます。
■ソロン(前640〜前560推定) ギリシア七賢人(タレス、ビアス、ピッタコス、クレオ
ブロス、ペリアンデル、キロン、ソロン)の一人。政治家。
アテナイに生まれ、前五九四年アテナイの執政官に就任し、当時、貧富の差、階級の差
のはげしい貴族制に、重要なソロソの改革を行なった。それは一切の負債を帳消しにして
借財のために奴れいとなった農民を解放し、市民を財産によって四階級にわけ、それぞれ
に権利と義務を規定して、富裕な平民に貴族と同等の参政権を与えた。