「レレレのおじさんが見ているよ」

 

第一回目の"声にならない声"にて、私は最近の高校生の交通ルールのひどさや、早めのライトの点灯などについて書いた。今回も基本的交通ルールの向上を啓蒙すべく(?)最近私が目に付く、ドライバーの行為について書いてみたい。


はじめに断っておくが、私は喫煙者である。
最近ではと手も肩身が狭くなってきている上、子供も生まれたことから、いっそのこと止めてしまおうと思っているが、家業が
茶店のゆえ、ついお客さんの甘い誘惑に負けてしまい、なかなか実現できないでいる。
しかし、そんな私も、最近の嫌煙ブームの中で、他人様には迷惑をかけないように、あれこれ気を使っているつもりだ。特に車の中では同乗者が非喫煙者だと、どんなに遠い目的地であっても我慢するか、途中休憩を入れながら外で吸ったりしている。

自分自身も幼少の頃、父が車内で吸うタバコのにおいが大嫌いだったから、同乗者には迷惑をかけたくない。したがって車内で一服するのは、一人きりの時がほとんどだ。ま、それだけ一応気を使っているということを知っておいてもらってから、本題に入りたい。


そんな私が車を走らせいていて、最も憤りを感じるドライバーは、車内からゴミを捨てるヤカラである。まず火のついたタバコ。前を走っている車の窓から、これをポイポイと捨てられた場合、「おまえの車は安すぎて、灰皿もついてないのか?」とか、「火を消すくらいの仕草がめんどくさかったら、はじめからタバコなんて吸うな。」などとはじめは思っているが、そのうちその行為が何度も繰り返されると、つい私はキレかかり、パッシングなどをしてしまう。これで自分の悪行に気づくドライバーはまだ救われるが、救われないヤカラは多い。そういうときは、信号などで停車した際、車から降りていって、直接窓越しに注意(非常にソフトに?)する。ドライバーは若い者が多いが、いい年のおじさんが乗ってたりすると、こちらまで本当に情けなくなってしまう。こちらは決して因縁を付けているのではない。ポイポイやられると、後続車は火のついたタバコの上を走らねばならないし、避けようとしても危険だ。そしてなにより、CMにもあるように、道路はゴミ箱じゃない。そのような青臭い正義意識が私を突き上げるのである。

タバコよりもっとアクドイのは、空き缶のポイ捨てである。後続車がいるのにこれをやるドライバーは、ただ単に
馬鹿だとしか言いようがない。人間としての資質を疑ってしまう。

こんな話を聞いたことがある。私の父の友人が、国道に面した川で鮎釣りをしていた。そうしたら突然頭上から空き缶が飛んできて、まともに頭にぶつかって、かぶっていた帽子が吹っ飛んだそうである。鮎釣りでは必ず帽子等をかぶっているから、大したケガにはならなかったものの、これが河原で遊んでいた小さい子供だったりしたら、大怪我になるところである。しかも被疑者はその結果を知らないのだから、罪の意識すら生まれない。被害者だけが損をする形になる。たかが空き缶かもしれないが、自然破壊以上に、そのような危険もはらんでいるのである。
小学生時代、道端のクリーンナップなどの奉仕活動を体験している人がほとんどだと思うが、大人になってからポイ捨てしてしまうのでは、一体何のための奉仕活動だったのか。その活動の意義を、教師・保護者とも、もっと子供達に多角的に植え付けていく必要はないだろうか。
話変わって、偉そうなことを言っている私であるが、交通法規の中で、堂々と守らない唯一のルールがある。それは、冬期間、凍結した踏切での一旦停止である。私はこれまで、
冬期間は一時停止で安全を守ってきたと言っても過言ではない。そもそもアメリカ(州によるだろうが)では日本と全く逆で、踏切では一時停止をしてはならないそうである。しかしこれは広い土地柄と、車両密度が日本と比べものにならないくらい低いことゆえの、然るべきルールだろう。
日本の場合は、前方に車両が詰まっていて、一時停止しないと踏切内に閉じこめられるなんてことが多発するだろうから、しかたない法規といえないこともないのだが、やはりもっと柔軟にすべきでもあると思う。つまりTPOによって変えるべきではないか、ということだ。踏切の場合、都会と地方では、危険性が全く違う。その地方の中の東北・北海道では、夏期と冬期ではまた危険性が全く違ってくる。ではどのように危険なのか。
私の実体験で説明すると、路面が凍結した際、踏切直前で一時停止すると、そこでスリップし、前にも後にも動けなくなることがままあるのである。ご存じの通り踏切というものは、線路をまたぐ性質上、どうしても道に若干傾斜がつくのである。しかもそれは線路に向かって上りになることが多い。その傾斜中で停止した場合、4WDなら平気だろうが、2WDしかもFR車(my car)だと、もうお手上げなのである。何しろタイヤはスパイク禁止のおかげでスタッドレス。一度空転し始めたら、ほとんど再グリップしない。
前に進めないだけならまだ良いが、そんなこんなしてるうちに、後続車が来たら今度はバックもできなくなる。パニックになりつつあるときに遮断機が下りて・・・・ということにでもなったらそれこそ大変である。実際私の住む秋田県では、以上のような原因で毎年踏切事故が起きているのである。交通法規を忠実に守ったおかげで、何千万も支払う必要のある鉄道事故を起こしたというのでは、とりつく島もない。
だからこそ私はこの危険な法規は守らないのである。断っておくが、守らないのはあくまでも路面がピカピカに凍結した際のみで、雪が溶けていたり、夏期の場合はちゃんと(車輪を完全に停止させる)一時停止を徹底遵守しているので誤解のないよう。

ではそのピカピカの路面状態の時、どうやって踏切を通過するか。

私の場合、踏切の手前(坂になっている直前)で減速する。(すぐに止まれる程度の低速) そして、そこから一気に踏切を通過する。もちろんこれは前方に他車両がいない場合である。もし前方車がいて、一気に通過したあと、止まれなかったら大変だからである。実際秋田の道では、止まれそうでも止まれないという状況は、冬期間毎日のようにあるのだ。


どうも書いているうちに、言いたいことが時季はずれや、内容的にバラバラになってきてしまったが、一貫して私が言いたいことは、車という非常に危険なものを走らせる以上、ドライバーは、最低限の常識を守り、時にはしっかり自分の主張を前に出して安全を守っていくべきだということである。それは己の身を守ることのみならず、ひいては他の人の安全にもつながるのではないだろうか。
少々文中、乱暴な言葉づかいになってしまった箇所もあるが、これは私の心の叫びなので、あえてそのまま書いた。

ここまで読んでいただいて、もしあなたに自分自身で反省すべき所があったら、たとえそれが一人だけだったとしても、私の啓蒙(偉そうに(~_~;))は芽を出したと思いたい。もちろんそんな方が読者の中にいるとは思えないが。ただ、空き缶を投げ捨てたりすると、こんな危険性もあるのかと、実際にあったこと出来事を知ってもらっただけでも幸いだ。

また、踏切の通過については、みなさんも私のマネをして下さい、と言っているのではない。それでもし警察から検挙されても、私は一切の責任は負えない。当然だが。

しかし公安でもチャイルドシートうんぬんなどと法整備(この法令化についても言いたいことは山とあるが)するよりも、既存の交通法規の形骸化したものを手直ししていくべきだと思うのだが・・・・・。もしかして、あれで時代に即した、完全な形だとでも思ってらっしゃるのかなぁ。